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6mm方眼ノート

方眼紙に書くと、なんとなく、普通の紙に書くよりも整理できるような気がするよね。

某イベントで「若者と社会をつなぐこと」について考えてきました

きょうは津田さんのお誘いで、「アスバシ教育基金」さんのイベントに参加してきました。
前進はあのNPO法人アスクネットさんなのですね。成る程です。

ワールドカフェ形式で議論があったのですが、
時間やファシリの関係で、まとめやアウトプットがあまり出来ていなかったので、
テーブルの議論を参考に、改めて以下に私見をまとめておきます。
自分のメモのためですが…

 ※あくまで私見であり、イベント参加者の総意や結論などではありません
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問1:社会で若者がいきいきと働くために、何が問題なのか

・そもそもいきいきと働くって具体的にはどういう状態なわけ?
・自分がいきいきと働いてるかどうかを決めるのは誰なわけ?

・基本的に、働くのは食うためなんだよね
・いきいきと働いているに越したことはないが、そうでない人々を否定したくはない
・世の中の何割がいきいきと働いてるかは分からないが
・人にはそれぞれの事情、立場、スタイルがあるでしょ

・さておき

・自分の「性根」と違うのに、人に押し付けられた価値観で「いきいき」できる訳がない
・「いきいき」は、自分の中からしか生じない
・いきいきした状態、にもたくさんのスタイルがある
・自分にとって良い働き方ができているから、いきいきとしたオーラが内からにじみ出てくるものでしょ
・自分にとってのいきいきがどんな状態であるか、それを実践できる空間がどのようなものであるか、を知らねばならない

・つまり何よりまず「自分を知る」ことが必要だ
・同時に「いろんな大人がいろんな生活でいきいきしている」事実に触れることが必要だ

・子供や若者が大人に触れるとき、経済的に成功してる人、カリスマ的活動家などばかりに触れるのは良くない
・成功者のいきいきライフが、その若者のウマに合うかどうかが分からないからだ
・最も避けるべきは「こういう社会人が素晴らしいんだ、こういう大人を目指すべきなんだ」というエリート思想の植え付け
・ウマが合わない子供達に挫折を与えてしまい「敗者」「弱者」にしてしまうからだ
・いきいき生きる方法なんて無限にある

・社会教育系の活動の多くは、この罠に落ちている
・活動をより良いものにしようとすればするほど、サンプルは「優れた大人」ばかり揃ってゆく
・結果、上層にしか響かない内容になっていき、間接的なエリート主義になる
・間接的なだけに、そのような空間での劣等感は子どもに深くしこりを残す

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問2:問題に対して私たちは何ができるか

・子供のうちから、たくさんの人に触れることだ
・多様な大人のモデルに触れ、時間をかけて自分の感性で「自分はどんな大人になるのか」を感じることだ

・先入観なく、世代を超えた交流ができる場が必要だ
・ポイントはふたつ「場の多様性、重層生」と「複数の場への参加」だとおもう

▼「場の重層性」
・多くのひとびとに触れるためには、質の違う、たくさんのコミュニティが地域になければダメ
・たとえば哲学カフェだけが盛んな地域では、小難しいことに抵抗のある人には敷居が高い
・真面目なこと、サブカルなこと、くだらないこと、たくさんのフックのコミュニティがあることが大事
・このとき、ひとつのコミュニティが複数の性質をもつのでなく、テーマのはっきりしたコミュニティが複数あるほうがよい。そちらのほうが新規参入などがしやすい

複数の場への参加
・ひとつのコミュニティで触れられる大人モデルには質の偏りが出がち
・質の違う複数のコミュニティに属することで、多様な質のひとに触れる
・すべてのコミュニティに属する必要はない。間接的につながることは比較的容易にできる
[例]a.b.c.d.eのコミュニティに
 Aさん a.b.cに出入り
 Bさん b.c.dに出入り
 Cさん a.d.eに出入り
みたいな状態なら、いつでも「誰かの紹介で一見さん参加できる」わけだ


【我々にできること】
1]オトナも異なる質の複数のコミュニティに属そう、嫌なら抜けて次を探そう
2]コミュニティが足りないと思ったら創ろう。カラーのあるものなら、どんな質でも、どんな規模でもいい
3]世代を超えてコミュニティに参加しやすい土壌をつくろう。心のゆとり、時間のゆとり、物理的な場、などなど

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うん、まあ、そういう考えです、私は。
私がボンズを立ち上げようと思ったきっかけにも相当強く繋がっていますね…
なるほどね、と感じました。