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6mm方眼ノート

方眼紙に書くと、なんとなく、普通の紙に書くよりも整理できるような気がするよね。

「この時代にこの国でこの経験をしたこと」の“価値”を自覚し、先々に発揮することを考える

 

 
NEWS【震災】【国際】国際教養大、留学生の辞退相次ぐ 過度な報道影響 http://t.co/ocb8lUZ

NEWS【国際】【震災】京都の外国人留学生、帰国や来日中止相次ぐ http://t.co/RiX0HFS
 

多くの外国人留学生が留学を見送り、中止、また保留としている事実がありますが、
なかには自分の頭できちんと考え、ここで学ぶ事を選択して海を超えてきてくれた若者もいるようです。

NEWS【震災】入学 震災胸に/県立医大、会津http://t.co/4ngekCU
 
会津大の入学式には、ベトナムから来た男子学生5人の姿があった。原発事故の現場として「フクシマ」の名が世界に広がり、来日前は周囲に心配する声が上がったが、大丈夫だと冷静に判断し、留学生活をスタートさせた。…


不謹慎かもしれませんが、彼らには【こんな時期に日本にくるからこそ学べる事】があるでしょう。
大打撃を喰らいながらもなんとか生きていかねばならない国家、市民、経済。そのなかで垣間見える日本の技術力、市民社会の質、風俗・文化的側面、等々を、是非とも糧として成長していただきたいものです。
 
これ何も留学生のみに限ったものではない。と思っています。
あくまで持論ではありますが、全ての市民はこの時代にこの国で生きているということに対して「より自覚的になるべき」であり、この震災の経験から何をわたしは得たのか、これからの復興の道で我々は何を得るのか、について「不謹慎感情を(ある程度)捨て」、もっと明確に自己推察すべきです。なぜなら、曖昧に過ごすよりも自覚的・自律的にストックを行ったほうが「より活かせる」ものを得ることになる、と考えるからです。
 
極論を言えば「あの地震にはじまる、たくさんの出来事があったおかげでこんなことが身についた」という構図は、「“あの経験のおかげで”という自負」があればあるほど、より強く成り立ちますよね、ということ。
 
この考え方を「不謹慎」だという方もいらっしゃるかもしれない。
 
しかし私は思う。そんな言い方してもネガティブになるだけですよ、と。綺麗事はもういいから、とにかく前を見ろ、と。
既に起きてしまった事実がある。それによって感じたことがある。というのが我々の現実。それはもう消えない。悔やんだり悲しんだりする時期はもう終わっていますよ、と。
下手な同情よりも「一日でも早く盛り返す」ことが求められる。だったら細かいことにピリピリ自主規制アンテナ張ってる時間よりも【今ここにある事柄をどう活かす】のほうが求められているでしょう。というのが、私の持論です。
 
きちんと考えましょう、この時代、この未曾有の大災害にリアルタイムで直面したことで、自分の中になにが生まれたかを。
そして、生まれたものがどのような質であれ、それを今後の何かに“活かす”ことを考えましょう。
それが地域社会や経済活動を元気にする、ひいては日本復興の後押しになる 、と考えます。