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6mm方眼ノート

方眼紙に書くと、なんとなく、普通の紙に書くよりも整理できるような気がするよね。

現代ラーメン考【1】ラーメンは美味くなりすぎていないか

ラーメンを食べる度に思うんです。
美味しい。幸せだ。ラーメン食べ歩きはやっぱりやめられない。
でも、ラーメンって、こんなに美味いものだったのか…

「ラーメンって、こんなに美味いもんなのか?!いや構わないけど」

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私、ラーメン食べ歩きを趣味にしております。
レビューサイト「ラーメンデータベース」に250件以上の採点を投稿する常連レビュワーでもあります。
本日もラーメン食べてきました…ちなみに昨日も食べました。私がなかなか痩せないのはそれが原因ですよ、と週一ペースで突っ込まれています。はい。
 
ラーメンの素晴らしさについてあれこれと語りたい欲望をぐっと抑えて、本日は、私がラーメンを食べる度に感じている懸念について。
 
いらん世話かもしれませんが、ラーメンって「美味く為りすぎて」いませんか?
 
一説によれば年間に東京都内だけでも500〜600店舗のラーメン屋が新規に開店している。
そのうちテレビや雑誌に取り上げられるのはペイパブの代金を支払えるものと、よほどの評価を得たものだけ。と考えれば露出するのは全体の2〜3割程度と思われる。つまり数百もの「普通のラーメン屋」も隠れては消え、隠れては消え、しているのでしょう。おそらく我々の見えないところで。
 
我々のイメージの中で、既にラーメン屋は「メディアに取り上げられる」ものに占拠されているように思う。素材にこだわり、ダブルスープは当たり前、ブランド製麺所か自家製麺でないと“麺が弱い”とレビュワーに叱咤され、しのぎを削って700円前後の商品で生き残りを賭けている…
 
昔からラーメンってこんな食べ物だったんですかねぇ?
 
ちょっとした腹ごしらえとか、飲みの帰り道の腹お約束とか、そんな「軽食」「大衆食」のイメージも昔はあったのではないでしょうか。(ちなみに昔のラーメンがどうであったか、については、私には正確なところは分かりません。オトナ層の方にご意見いただけると嬉しいです)
今「ラーメンの話」をしよう、とすると、こだわりの、行列の出来るラーメン屋の話にどうしてもなりがちなのが現状でしょう。つまりラーメンは「大衆食」から「逸品」へと、いつのまにかシフトしてしまったのではないか。これは、ラーメンの本来の姿なのだろうか、
 
そんな余計な心配をしてしまうのです、何故かこの頃、私。
 
とはいえ、私が食べ歩くラーメンも、俗に言う「逸品ラーメン屋」ばかりです。700円で楽しめる多彩な食の世界、コストパフォーマンス的にも魅力的なグルメの世界としてこれを楽しんでいます。


私が会社を退職してしばらくしてから、複数の人間に
「ラーメン屋さんになればいいのにww」
と本気とも冗談ともつかないお勧めをいただいたものです。
しかし現状では、ラーメン店の経営に走ろうとは思いません。特に東京においては、ラーメン屋で勝負するにはハードルが高すぎるように思えてならないのです。もっとも、きちんと想定、試算してみなければこれも一概には言えないのですが。
もっとも、経営しなくても資本系のどこかの店の社員を目指すという手もあるんですけれども。それにしても市場規模や、産業としての先行きは考えておかねばならない。


趣味としての週3〜5杯のラーメン行脚のさなか、日本の(東京の?)ラーメン市場から感じること、考えさせられることが沢山あるのです。
価格設定について。○郎系の台頭について。並んでまで食べるという行為について。またラーメンに限らず食べ物のレビューという行為・レビューサイトの位置づけについて。などなどなど。
そういった事を少しずつ、ここでも書いていこうかな、と考えています。