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6mm方眼ノート

方眼紙に書くと、なんとなく、普通の紙に書くよりも整理できるような気がするよね。

何のために働くのが「いい」のか、というひとつの模索

カラダを壊した私に、
元気づけようとしてくれたのか、諭そうとしたのか、
友人Yがこんな話をしてくれた。


「これは俺の先輩が言ってたんやけどな、
 そのひとはすごい仕事出来る人で会社からも可愛がられとったんやけど
 まあ、去年やめてしまったんやんけどな。

 自分の成長のためとか自己実現のためとか言って仕事してる奴は
 なんだかんだで悩んで病んでいったり衝突して辞めていく奴が多いって。
 で、じゃあどういうやつが仕事が続くかって言うと、
 “誰かのためにがんばっとる奴”が続くっていうんよ。

 嫌な仕事とか、なんでこんなことせなあかんねん、っていう疑問とかを
 自分のために、よりも「誰かのために」のほうが超えられるからっていうんよ。

 例えば嫁さん子どもがおる場合は、そいつら守らな、て思うかもしれんし、
 信頼できる上司とか、可愛い後輩とか、尊敬できる社長とか
 この人のためにこの仕事やったろう、と心根から思えるかどうかで
 仕事する上でのストレスがすごい違う、と思うんよ。

 お前(ヤマモト)が仕事に悩むのって、たぶん壁とか疑問を
 自分のために乗り越えようってしとるからやと思うんよ。
 例えば前の職場には、この後輩が好きやとか、この上司は尊敬できるとか
 そういう人間関係の中で、仕事したろう、ってのが合ったと思うんよ。
 そういう人は仕事が続く、って、その俺の先輩は言うんよ。

 先輩が会社を辞めたのは「部長が辞めたから」らしいんよ。
 部長は本当に切れ者で尊敬に値するし、その部長のために結果出したろう、て
 ココロのどこかでおもっとったらしいんよ。
 でも会社の中でその部長は冷遇されて、結局辞めることになったとき
 自分自身も「あの部長が認められないのではこの会社にいても意味無いな」て
 サクッと辞めれたらしいんよね。

 やからお前もあんまり自分の理想のためにとか、将来のためになる、って
 そういう視点だけで今、仕事に耐えとるから、また体壊しとると思うんよ。

 あんまり自分のために働かんほうががええで。
 誰かのために波たらいとるって思える職場とか環境をつくるってのが
 大事やと思うで。
 その先輩の理屈でいくと。」



正直、成る程、と思うと同時に
何が言いたいんだろう、という疑念も起こった。

〜確かに正論かもしれんし、理解も出来る。
 尊敬できる上司の下で一緒にプロジェクトをやっていたときには
 嫌な仕事でもすんなりと出来ていたような記憶はある。
 現職でそういった要素が得られていないとするならば、
 そういう関係を作れなかった俺にも問題があるかもしれないし
 単純に「縁がなかった」「ミスマッチだった」と認めるべきだろう。
 (お世話になってる+尊敬してる産業カウンセラーも同じコトを言っていたし)

が、
同時に、その“先輩さん”に対する疑問も大きく湧いた。

〜その先輩はもし、自分の部下が「自己実現のためだけに仕事してます」
 という人間だった場合、どう声をかけるつもりなのだろうか。
 「そんな生き方では続かないしストレスになるぞ」
 「他の誰かのために仕事をするのが長続きの秘訣なんだ」
 とでも指導するつもりなのだろうか。
 場合によってはそれが人助けになるかもしれない。
 しかし一歩ずれれば、大きな的外れである。何様のつもりなのだろう、である。

 人それぞれに人間にとって大事なことは違う。
 生まれながらにしてエゴイストな人間は「誰かのため」の感情よりも
 「自らが」という気持ちのほうが同期としては強くなるだろう。
 先輩はどんなシチュエーションで何を思って私の友人Yにその話をしたのだろうか。
 その状況次第で受け止め方が大きく変わるな…

と思った。

友人Yに私は、上記をすべて文脈どおりに話した上で、
「今の俺の為を思ってYは言ってくれているんやろう、
 何よりもその気持ちを嬉しく思う。」
と返した。


何のために仕事をするのか、なんて
悩んでることじたいがすごく贅沢なことなんだ、と思う。

でも、それでも、私は自分が将来こうありたいという
「イマドキの若者的な夢想」を抱いて、捨てきれずにいる。
それに忠実に生きよう、とは思っている。

なんというか、先行きは不安なのだが、
自分がどうありたいかという哲学は、少年の心のままで展開しても
いいんじゃないかと思う。
それと仕事が一致したら、すごく幸せな、すごく贅沢なことだけれども、
「食うために仕事して」「それ意外に自分らしさ発揮して」
でもいいじゃないか、とも強く思う。

少し話がそれてきた…ので
今度また、続きを書きます