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6mm方眼ノート

方眼紙に書くと、なんとなく、普通の紙に書くよりも整理できるような気がするよね。

やっぱりGACKT氏は、一流の芸能人なのだと思う。

あのガクト様が円形脱毛症になったそうですよ
しかも「格付け」が原因で。

完璧無比の超人GACKTも人の子だったということか…

お遊びとして割りきらなきゃ見てられない

「芸能人格付けチェック」は歳末の特番としては恒例企画。
確かに面白い番組だと思います。カッコつけている芸能人の皆様の、味覚、聴覚などがほんとうに一流なのかを検証してみよう、というコンセプトもいいですし、番組内で二流、三流と堕落していく方々の様子を見せる、という構図もエンタメとして悪くない。

「ひとを馬鹿にしている」、「そんなことで人間の【格】が決まるわけではない」という批判的な見方もできるのでしょう。
でもまぁ、テレビですから。
バラエティですから。
別に本気で「こいつら映す価値なしの人間だ」と思ってるわけじゃないですから。
 
そもそも、マジレスしちゃえば、数億円の盆栽の価値を分かって、ストラディバリウスも聞き分けられて、価値ある名画と贋作を見分けられなきゃ【芸能人】として【一流】だと認められない、なんて道理が通るわけ無いでしょって話。

芸が一流なら、芸能人としては一流なんだから。

 
別に味覚が凡庸でもクラシック音楽に興味なくてもいいんですよ。
あくまで、あの番組内での「一流芸能人」というラベルですから。
遊びですから。
ゲームですから。

 

じゃあ、あの番組で、偶然すべての項目をクリアすることができたら、芸能人として一流なのか?って話ですよ。

 

一流の人間=金を稼げる=ブルジョワ嗜好に長けている、という構図は分からなくもない。「バラエティ番組の中で」、「与太話として」、笑って済ませるネタとしては、まあアリでしょう。
 

エンターテイナーとしてのプロ意識は、確かに「一流」だ


にしてもGACKT氏は勝ちすぎた。

事実としての、GACKT氏が芸能人として一流か否か、ではなく、
あくまで「格付けチェック」における、“カッコつきの”「一流芸能人」であり続けすぎた。

(無論、「格付けチェック」に出演していなくても、もともと一流のエンターテイナーであったが)


なにせ周りが期待しすぎてしまう。
ガクト様なら正解してくれるだろう、みたいな空気が確かにある。

その「いつのまにか発生してしまった、不本意な期待」にも、しっかり答えなければならない、期待してくれる人々を裏切れない、という
「エンターテイナーとしてのプロ意識」
が、GACKT氏のプレッシャーの本質なのだと思う。
 
タレントとして、テレビの企画だとしても、仮りそめの・お遊びの「一流」の称号だとしても、期待してくれるファンがカメラの向こう側に居るかぎり、裏切れない。期待に答えたい。その心情が円形脱毛症にまで出てしまったのだろう。

だとしたら、やっぱりショービジネスに生きる者としての「プロ意識」は本物だろう。

そういう意味で、GACKT氏は、一流の芸能人なのだと思う。

 

 

 

SHOUTcastアプリ入れなおし/供給終了したアプリは誰が教えてくれるの?

端末だけじゃなくて、いつのまにかアプリもレガシー化するよね…

作業用BGM(主にサルサやボサノバ)の為に、
いわゆるSHOUTcastネットラジオを受信するためのアプリを
何年も前から利用していました。
 
見た目もいいので、主に
「Clock Radio Free」
http://www.appbank.net/2010/02/10/iphone-application/92133.php
というやつを愛用していたのですが、

とっくにアプリ供給が終了していて
チャンネルを選ぶことが出来なくなっている、ということに
1年以上気がついていなかったのですね。

 ※部屋の目覚まし時計として、初代iPodにこれを入れているんだけど
  もはやBossa Nova Hitsで固定して使うしかなくなってる

ネットラジオを聴くための、SHOUTcastに対応したアプリ

というわけで、今回は
ネットラジオを聴くための、SHOUTcastに対応したアプリ」

改めて、今回は「ふたつ」インストールし直してみました。

TuneIn Radio

https://itunes.apple.com/jp/app/tunein-radio/id418987775
昔も一度インストールしたことがあるのかも。でも忘れてました。
日本語インターフェイスが親切ですし
ストリーミングのトーク番組などにアクセスしやすい印象です。
しかしSHOUTcastのチャンネル一覧は少し見づらいかもしれない。
選びやすさ、タッチしやすさの程度と一覧性は反比例するのか…な?

RadiON2 - 全世界5万のラジオチャンネル

https://itunes.apple.com/jp/app/radion2-quan-shi.../id967323101

見た目がラジオっぽくていい感じ。
どこでチャンネル選択するのかが微妙にわかりづらいかもですが、スマートにSHOUTcast一覧にアクセスし、なんとなく幾つかブックマークするには気持ちがいいかも。 

今回は、

  • 音楽を聴くには「RadiON2」
  • ストリーミング系の番組を探すなら「TuneIn Radio」

という使い分けになりそう。

ところで、供給終了・サービスしたアプリは誰が教えてくれるの?

いつの間にか供給が終了して、サービスを停止しているiOSアプリってありますよね。
そういう情報って皆さん、どこで仕入れているのでしょうか。

アプリじたいの通知機能がオンになっていて、「何月何日で終了します」のアラートを上げてくれるならともかく(オンラインゲーム系などは必ずそうなっていますよね)、簡易なアプリの場合は期待ができない…んですよね

TOKYO FM」がそうで、いつの間にか別ラジオアプリに統合されてて、無くなってたんですよね。これも最近気づいたんです。
世間の皆さんは、古いアプリの整理とかどうしているのでしょう。
部屋にiTunes同期したときにまた入ってくる場合もあるので、PC側からも削除しておく手間もあるんですよね…
供給が終了したアプリをオートで削除してくれる機能、なんかがあっても良いのにな、とも思うところです。

 

若者だけじゃない、おっさん・オバサンだって社会を変えられる

若者の力が、とか、社会とワカモノが、とか、何かとエンパワメントは「若者」を軸に語られがち。

まあ、話は分かります。若者のほうが未来に「幅」がありますものね。
でもなんか違和感がある。
おっさんはピーク過ぎとるから得意な事で経済活動しとけ、みたいな空気が、どうしても、ある。

 
若い連中からエネルギーが放出されるのって、当たり前というか、ありきたりというか、わざわざ大人たちがお膳立てしてフォーカスする程のもんなのか?と感じてしまいます。
煽りすぎてねーか、ちょっと。
現状では足りない!若者はもっともっと、すべからく、社会に価値を創出せねばならない!ということなんかなぁ。

 

ほっときゃ いいのに ね。若いんだし。

 

そもそも元気なやつは元気だし、おとなしいもんはおとなしい。その点において、若者だろうがオトナだろうがジジババだろうが、関係ないんだけどねぇ。

 

持論ですが、ほんとうに社会にインパクトを与えるエンパワメントは、大人層、労働者層から創出されなあかん、って思っています。
俺自信が、もう いい歳 やから、そう思うだけかもしれませんけど。

いい歳したオトナが、日々の暮らしの中で、なにかしら価値のあることを周りに少しずつ染み込ませていく、みたいなね…そんな世の中、おもしろいやん。そんな社会、素敵やん。
 
俺はそうありたい。
「まだまだ若いから、いろんなものを創出、放出できる」のではない。

真逆で、「俺がきちんとオトナになったから」だ。

いい大人になった俺が、大人の感性で、大人の立場を守りながら、ちゃんとエンパワメントする、そうでなくちゃ面白くない。

 

 

「お湯入れて すぐ混ぜて」の理由を実感した日

 

甘かった。

オフィスでカップスープ(ク◯ールのスー◯デリ、マカロニみたいのが入ってるやつ)作ったんですけど、面倒だったので、混ぜずに4~5分放置したんですよ。

後から混ぜればいいじゃないか、と思って。

まあ結果から言えば

「甘かった」

としか言いようが無いですわ。
美味しくなかったから。
べつに食べられない程じゃないですけど、美味しくなかったから。

肝心の、何がどうしてまずかったのか、という話なわけですが

スープはいいんですよ。あとから混ぜたって混ざるんだから。

問題は小さなパスタだかマカロニだかのほう。これがぜんぜん違う。
第一に「味がうすい」、第二に「スープ粉末に守られてお湯を吸ってないやつがガリってなる」

第二は奇跡的に、物理的にありうるよね、って思った。

以外だったのは、パスタの味の薄さ。ふにゅふにゅでスカスカで水っぽい。
本来は「味のついたスープを吸って柔らかくなる」ことを想定して作られている、という事なのだろうか。
だとしたら、最初によく混ぜてすべてのスープを溶かすことは、溶け残りを防ぐだけでなく、「パスタに味を染み込ませる」為もあるんやな、と。

本来の味は、本来のレシピどおりにつくらないと再現できない

 ↑ っていうことなんですよね、結局。

冷凍食品とかもそう。10年前、20年前と比べると、最近のものはすごく美味しいんですけど、レシピ通りに作れたら、の話なんすよね。

600Wで4分20秒、という商品なら、ちゃんと中央に設置して、ちゃんと600Wでちゃんと4分20秒あたためた時に、理想的な味・食感になっているはず。
おおむね溶ければいいや、という考え方なら、4~5分という表記でもいいわけだし。

カップスープもそうなんすよね。ちゃんと線までお湯を注ぎ、指示どおりに15秒すぐ混ぜて、三分後に食べた時に、製作者が作った本来の味が楽しめるわけで。

 

…まあ、そこまで気合入れてカップスープや冷凍食品を食おうとも思わんし、
冷食を解凍したり、カップに湯を入れて混ぜることを「レシピ」と呼んでいいかどうか、ってのもあるんやけどさ。

 

突然ですが「若さ」を捨てることにしました

突然ですが「若さ」を捨てることにしました。はい。

いや、別に、どこか 体 壊したとか、そういう意味じゃないんですけどね。

若い連中に交じることが自分にとって良いことなのかどうか…

 

高校生や大学生たちをを目の前にしたとき、彼ら彼女らを
 「若い連中」
として括り始めたのは、2~3年前のことだろうか。
当時は「あっ、やべぇな、こういうこと感じないほうがいいな」と思ってました。
まるで俺が、もう若くない、みたいじゃねえか。と考えていました。
 
つまり、自分自身、まだまだ若いはず、という気持ちがあったということ。
若さを失うことのマイナスを強く感じていたのでしょうか、それとも、成熟していくことで得るものをイメージしきれていなかった、のでしょうか。
今となっては当時の心理状態は思い起こせませんが…

ここ数ヶ月で突然、考え方が変わったといいますか。
若いやつらに、並列に交じっていこう、若者たちと同列でいよう、とは思わなくなったんですよね。
でも、未だに、若い人たちと遊ぶのは大好きです。
それは上に立とう、とか、引っ張っていこう、とか、そういうのとも違う
 
うまく言葉にするのは難しいですが…
 
「30代として魅力的であること」を武器にして、10代、20代ともきちんと対峙して、共に楽しもう、と考えるようになったんですよね
 
若づくりを諦めただけやろ、と思われるかもしれんですけど(笑)、実際はちょっと違っていて。

なんだかんだでオトナになった等身大の感性で

 

ここ1〜2年、なぜか「漫画を読む時間」をすごく大事にしていて。

毎週20冊をノルマとし、月のレンタルコミック代はコンスタントに5000円。

…そう考えると 大人の遊び やなぁ これ…
 
 
大人になればこそ、楽しめる漫画ってのも沢山あるんですよね。
エログロもそうやし、社会風刺系もそうやし。

でもね、逆に、少年漫画、ベタ系少女漫画を、大人になってから読むと、またいいんですよ。
別に無理やり、少年の心 を取り戻そうとしてるわけじゃなくて。
当時、何もわからずに夢を馳せていたファンタジーの世界に、30年以上生きてきた今、また夢を馳せると、なんか一味違うんですよね。
 
その感性の違いみたいのを目の当たりにして、
なんつーか、生きてきたんやな、って思う。
沢山エンタメに触れて、
沢山仕事もして、
それなりに恋愛して、
それなりに人と喧嘩とかもして、

で、今もマンガ読んだり、カラオケ月イチで行ったり、プロレスに夢中だったり してる。
ずっとそうやって過ごしてきた。数年前もそう、今もそう。
 
しかし数年前の俺と、いまの俺は、すこし「過ごし方」が違うわけで。

_______

「変わらんなぁ」と言われるのは、嬉しいんやけど

 

数年前の俺は、心のどこかで「無邪気さ、少年らしさ」を引きずってた。

変わらない自分、みたいなものに美徳を感じていたというか。
 
京都にいる頃に知り合って、東京に同時期に出てきた友人がいる。
もう随分まえの事やけど「変わらんなあ」と言われたことがあった。
嬉しかった。俺、まだ、変わってないんや、と思った。まだまだ このままで 生きていくでー!と思ってた。

でもね、今はちょっと違う。
なんていうか、少し不思議な気持ちで。
その人には数年会えてないけど、もし会える機会があれば、俺はいい意味で「変わったね」と言われたい。

童心のまま汚れずに、無邪気に生きてるんじゃなくて、さんざん汚れた大人が、それでも必死こいて生きてる、そんな自分でいたいような気がして。

ちゃんとTPOを弁えて、大人であるべき時にオトナである、ことくらい出来ているつもりだ。
そのうえで遊びたい。
そのうえではしゃぎたい。
そのうえで好きな事したい。
30代の感性でそれを実践するからこそ、味わえる喜びがある。
背伸びして 若づくり していては手に入らないモノがある、そんな気がするんですよね。

で、ふと数日前に思ったわけですわ。

【若さ】は、もう俺の人生にはあんまり必要ないな、と。
魅力ある おっさん のほうが俺はたぶん幸せやな、と。

_____________


これこそが「老けた」って事なのかもしれんのですけども。
ええやん、それはそれで。そのうえで、今の日々が、楽しいんやし。

そのうえで
 [若者だけが社会を変える原動力ではない]
と、声を大にして言いたいんですよね。

これはまた後日にでも簡単に。

企画書を書く必要性、をやっぱり感じる

前エントリ
http://d.hatena.ne.jp/yamamotonobuhiro/20151106
のとおり、「本を出す」為に動き始めた私でありますが。
 
出版するにもWebサイト造るにも、ライブイベントやコミュニティサークルを立ち上げるにも、まずは何より
「企画書」
でしょ、というのが自分のモットーでして。
 
思えば[Bon-s]を立ち上げた際にも、やっぱり企画書をつくって、周りのオトナ達を捕まえては、これってどう思う?面白いと思う?とたずねて回ったものです。

※なんか今思い返すと、自分に有利な答えをくれそうな人を選んで持っていってたような気もしてきた。
 趣味のコミュニティだからそれでも許されたかもしれないが、今回は違うかもしれない。と少し反省
___

企画書を書くにあたっての参考資料は、やはりWeb上の「テンプレまとめ」が第一なのでしょうね。

NAVERまとめ だとこのあたりでしょうか。
http://matome.naver.jp/odai/2129652678666949101

あと、出版物を造る上での企画書の心得、みたいのも独自にありそうですね。
http://kayfact.web.fc2.com/20090706b.pdf
ざっと探して辿り着いたのはこちら。
 
まずはざっと流し読みしたあと、ドラフトを書いてみて、まずは誰かに見てもらう(=診てもらう)、というプロセスがやっぱり一番かな。

突然ですが「本を出そう」と思っています

いや突然すぎる話ですが、今、山本ノブヒロは
「本を出そう」ということを、
けっこう本気で考えています。
 
これは、私がぼんやりと叶えたかった「ゆるい夢」のひとつでもあります。
 
誰のココロの中にも、「ゆるい夢」って、あると思うんです。
ああしたいな、こうしたいな、こんな人間になれたらいいな、でもそれに人生をかける、ストイックに全てを捧ぐ、それほどの勇気もない。
そんな、いわゆる「戯言(たわごと)」「絵空事」を、敢えて「ゆるい夢」と呼んでみようじゃありませんか。
 
あるでしょう?誰にだって、「ゆるい夢」。
私にも幾つかあります。
 
そのうちのひとつが、
「自分の名前で、自分で看板を背負って、社会に通用する発信をすること」
です。
 
ブログとかTwitterとかFacebookで出来るやん、と思われる方もいるかもしれない。
しかし、商業主義の中で、流通に乗る、ということを目指したい、と私は考えています。
アフィリエイトブログすればいいやん、と仰る方もいるかもしれない。
しかし、古典的な既存の方法で、いやらしい言い方を敢えてするならば「権威の傘の中に参入する」ことにチャレンジしたい、と私は考えています。
 
具体的にはISBNコードを取得し、出版社から出版する。
わたしの名前で著書を出版する。
これを1年以内に叶えたいと考えています。
2016年10月30日までに考えたい。

で、いったい何の本を書くの?

ネタはあるんです。
本を書くためにネタを探して文章をひねり出さねばならない、という「お仕事感覚」でなく、
このトピックスをより多くの人に伝え、語り、そして皆様に考えて欲しい!と思える「ココロの叫び」のような事柄が、あるんです。
2つ、あるんです。
 

口ばっかりじゃなくて、実現するには

 
素人なりに、実現に必要な要素をざっくりと考えてみる。
あくまで個人の成果として、個人名で、出版社から本を出す
 ・具体的な企画
 ・執筆能力
以外に
 ・出版社(編集者)に「著者」として認められること
これが必要だな、と思う。

商業主義のなかで「出版」というビジネスを生業にしているプロに
「使える商材」である、と思われる必要があるということ。
 
 
これから、具体的に、私が私の名前で本を出すために
具体的に取り組んだことは全てブログに記録していこうと思う。
 
なんていうか、頑張る。
 
話ちょっと逸れるけど、頑張る、ってなんだろうね。